2010年10月8日金曜日

ゆとりある・・・




いつも応援ありがとうございます。



感謝







病院の帰り





美味しそうな雰囲氣の





ケーキ屋さんをみつけた。








「どうしようか・・・」と一度は


店の前を通りすぎたが、戻った。少し変わったケーキのお店。





ケーキ本来の形に拘ったひとであると不満足かも知れない。





初めてのお店は3つだけ買うことに決めている。








ひとつ、、、買う勇氣はない。





ふたつ、、、ケーキの箱は大体ちいさくても4つ。





みっつ。。。であれば、丁度、一番小さな箱でも、互いがいい距離感で





動くことができる。その微妙な間(スペース)がものをいう。








人間関係もそうであるかと思う。



すこしのゆとり、日本でいう

間(ま)


というものである。


この何とも言えない空間、スペースを

調和

ともいう。



この調和が崩れると、すこしづつ

崩れていく。

すこしづつ、音を立てずに・・・


リーダーシップの研修が続くと、このところのみなさんの悩みは


・ 部下の動機づけ

・ 自らの動機づけ

そして、

・ 上司の動機づけ


ふつうのひとが見落としそうな動機づけ要因を

少ない時間で、見抜く。

洞察力

を使って。


わたくしの強みは、洞察力であるかと思っている。

その洞察力を高めるために、日々、様々なひとと交流したり

様子をみたりして、鍛えている。


ちょっとした、その人が躊躇している態度やうそを見抜く。

一度、その私の様を観察していた人が

「とにかく、水野先生は、ひとを観察していますよね。。。」


それをいわれたとき、

同時に、

こわい。。。といわれた。


ひとはなぜ、自分のことを見抜かれると怖いというのだろうか。

実はこれも解明されていない。

解明してみようと思う。


わたくしは何もやましいことをしていないので

人に見抜かれても大丈夫ではあるが

ひとにとやかくいわれるのが好きではない。


よく日本人は、「苦労話」をする。

わたくしは嫌いである。

すぎたことをいったって、どうすることもできない。


その苦労したことや、失敗したことをまた繰り返し

しないように、意識や行動を変えていくのである。

なかなか行動を変えられないとは思うが、わたくしと関わることで

少しでも意識や行動を少しでも変えて、より豊かに共に暮らしていきたいと思っている。


連日の研修も終わり、ほっとしているが、連日の研修時のある受講者のひとりが

「水野先生は、苦労されているのですか?」

といわれた。


初めて質問された内容であったので、最初は驚いたが、

「苦労をあまり、苦労と思っていないかもしれないが、ひとに

わたくしのやってきたことや、目から血が出るほど、働いたことがあるなど。。。

という話をすると、怖がられる。。。それから、人並みに、わたくしも苦労している

のであろうと思っている。」といった。


上には上がいて、自分よりももっともっと、苦労している人間を沢山

わたくしは知っている。

観たり、聞いたり、そして、感じたりしてしまうと、わたくしは涙が一杯になって

動けなくなってしまう。苦労はみんなしているのである。


その苦労をどのような美味しい果実にするのか。。。

それは、あなたのゆとりある氣持ち次第であるかと思う。

敏感にひとの氣持ちがわかってしまうのも、非常に困るときもある。


あるお仕事で、自尊心をいうものを深く傷つけられた。

二度としないようにしようと思う。

そのためには、ある程度のゆとりある経営が一番。


ゆとりある経営というと、まるで設けたように思うが

まだ働くことで修練している間は、稼がなければならないと

恩師ほか、みなさんから注意されている。


そのいわれてきたことを、やぶって、無報酬で全力投球してしまった。

非常に自分でも残念なことでもあり

深く反省している。


その仕事が終わった。だからこそ、自分へのご褒美。。。ケーキをちょこっと頂く。

この無報酬レベル・・・

デコレーションケーキひとつぐらい

買って、みんなで切らずに食べてみたいものだ。


本当に悔しい。

しかしながら、唯一嬉しかったのは、対応させて頂いた恩師が

みんなのまえで、よくやった。。。と褒めてくださったことである。


本当に嬉しかった。

感謝。


この時代であるから、きっと、わたくしのような人間もいるかと思う。

次の仕事があることなどを掴むためなどに、無償で。。。とか。多々ある。

御礼ができない時は、わたくしは、みなさんの前で御礼をいうようにしている。

または、御礼や研修の成果発表時に、その人のことを労うことをいう。

そうして、いない間でも、その人に礼を述べることで、

その人のプライドや仕事に敬意を表す。


ただし、わたくしのような人ばかりではない。

だからこそ、わたくしはいう。「何事も期待しないこと」

そういうと笑う。


人の氣持ちというのは、本当に微妙である。

知らぬうちにひとをきづつける。

わたくしも、きっと必ず誰かをきづつけているかと思う。


これからも、十分に氣を付けて

日々感謝し

前に進んでいきたいと思う。

感謝


Kei

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