2010年10月19日火曜日

日一日道場

いつもご訪問ありがとうございます。
感謝


・ 利によりて行えば怨み多し 

・ いまはまったく評価されなくとも、いつかはものにしてみせる

・ 心を込めた仕事をすればきっと結果が出る

・ 一本の道を進んでいけばあらゆる道に通じる

・ なぜ?を繰り返していたらマンネリ化はしない

・ 自分の頭で考えなはれ

・ 魅力がある人は、周りのことを常に考えられる

・ 運は人との出会いによってつくられる

・ 損得より先に善悪を考えろ


いろんな言葉、勇氣や、何かを氣づかせる一言。

その日、その時、その場、様々な状況にあたり

その時その時に自分に必要な言葉を思い出す。


いつもデキルだけ、自分のできる事は

進んで受けるようにすると共に、困っていれば

自分が苦しくても、助けるようにしている。


時として、それが続く、今日この頃というか

様々な困難の連続であると、正直辛くなるときもある。

そんな時にかぎり、さらに難題が降りかかる時もあるため

日頃から、無責任な声かけはしないようにしている。


無責任というのは、そのひとの立場を考えて

声をかけないということでもある。

ひとのつらさや苦労が多少なりとも、わたくしには判る。


だからこそ、聞かれたら、誠心誠意こたえるようにしている。

それぞれ受け取る側からすると、まだまだ不十分かも知れないが

わたくしなりにいつも精一杯。


コミュニケーションに間違いはないが、あるのはそのひとからの

反応であり、向き合う相手との価値観によるものである。

その価値観が違う相手との会話は正直かみあわない。


かみ合うことがない。

相手が氣がつかない限りである。

わたくしにだけ、あまえているのだろうと思うようにもしているが

そのひとのためにならないと、最近思ったりもしている。


とりわけ相手が顧客であったり、キャリアであったり、利害関係が

あったりすると、、、なかなかいいたいこともいえず、相手を増長させてしまう。

相手が氣がついて学ぶことを根気良く、待つしかない。


辛抱の連続である。


そんな時、人間であるわたくしたちは、言葉をかわしたり、おもいを文章化したりする。

この言語力や、文章力は日々、様々な努力をすることで

わたくしは身につくものと考えている。


よくひとに物事をメールで問い合わせて来て、その問いに対して

真摯に応え、そのあと、どうしたものか、心配していると

文章力がないから、会ったときに。。。とかいうひとがたまにいる。


あの必死で問い合わせて来たことを思い出したら、決して

そのひとには文章力がないとはいえないが、文章化せずにいる。

大事なことだけでも、伝えてくればいいのに。。。と価値観の相違を強く感じる。


このグローバルネットワーク社会。

コミュニケーションの取り方は、様々である。

メールできたら、まずはメールでかえす。

口頭できたら、口頭でかえす。

文章できたら、文章でかえす。


基本であるかと思う。


頭が固いといわれてはとも思うが、コミュニケーションの本質は

相手を受け入れる努力を双方がすること

であるのではないかとわたくしは考えている。


このコミュニケーションの本質、まずは基本的なことから

双方がコミュニケーションしあうこと。

そして、

コミュニケーションをする上で、文章化できないことは

できるだけ、グローバル社会で生き抜いて行くために

今後、努力して文章力をつける必要があるかと思う。


自分にすべてあわせてくれる世の中にしたい!

そんな人生甘くない。

ひとはひととひとと、ひとりではいきてはいけない。


ひとを大事にする。

その前に、自分を大事にいたわることも大事。

だからこそ、健康を害するような人間関係はよくないと思う。


早めに双方の価値観の相違を尊重し合い

その尊重しあったなかで、互いに歩みよれるところは歩み寄り

それ以外は距離をおいて、尊重しあうことがよいかと思う。


すこし自分で無理をしすぎた、学習しすぎているように思う。

身体にひずみがでてきた。

要は健康を害したのが、神様からのメッセージではないかと。


距離をおいてみる。


そこから、また何かを学び

誠心誠意、体調苦しい中応えたことが

きちんと相手に伝わるように。


今日もまた人と関わることで

多くを学ぶことができた。


感謝


Kei

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