2012年12月6日木曜日

伝統と魂

いつもありがとうございます。感謝。

身体に栄養を与えるには、食と職、そして、文化や芸術に触れて

自らの心を高めることを感じながら。。。

美味しいと思うこと、素敵だと思うこと、人を感動させる芸術など。。。


日本には食、芸術が世界に誇れるものがたくさんあるように思う。

そんななかで、「中村 勘三郎」死の早すぎる旅立ちは、心に痛みを感じるほど。

歌舞伎をはじめてみたのは、小学校の3年生のころ。


おじい様に小学校での喜劇をみたこと、狂言をみて感激したことを

話したら、では、、、歌舞伎にいこうじゃないか。。。

題目はだれでも知っている「おしち」であった。


ストーリーがわかっているだけに、幼い自分にも理解できたことを

いまでも覚えている。その時の人が何かを演じて、その演じることで

感情移入できるぐらいのこころを伝えることの素晴らしさを歌舞伎を通して教えて頂いた。


狂言の時もそうであったが、歌舞伎は何とも言えない化粧と、男子が女装して

人間のこころの機微を演じることで伝える。

役者のひとつひとつの動きが、目をみはり、小さい私が何度も何度も手をたたいたこと。


大きくなってからは、異文化交流ということで、ホームスティを預かる家である我が家の

代表として、年代がちかいというだけであるが、、、外国人をつれて、歌舞伎を年に2~3回は

観に行った。


そのときに、中村勘三郎が舞台のみならず、観客のすごい近いところまで

近寄り、声をかけ、手をかざし、最高の笑顔で、感情を伝えるド迫力に

何度かあっとうされるとともに、子供ながらに、この人疲れないかなーと思ってみていた。


なんどみても、中村勘三郎氏の舞台は、ど迫力!

いつでも、いつみにいっても、真剣勝負である姿に

プロフェッショナリズムを感じずにはいられなかった。


そんな役者が57歳という若さで亡くなった。

あの、ど迫力をもう一度みることはできないが、息子たちがきっと、彼の魂を引き継ぎ

ど迫力の舞台を今後見せて下さることを願ってやまない。


わたくしも、中村勘三郎さんに負けないぐらいのど迫力をいつも研修をやるときに

演じようと様々に勉強し、受講生と共に、「あー楽しかった」といえるように

今後も日々何からでも学び、彼のように近づきたいと願う。


こころから、中村勘三郎氏のご冥福をお祈りしている。

合掌。


感謝をこめてKeiko

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