2011年8月21日日曜日

24時間テレビ


夏、


8月第3週は、


いつも”24時間テレビ”で涙を流す。


涙もろい私は、この24時間テレビの毎回繰り広げられる


過酷な試練に立ち向かう人々に心から


画面をみながらエールを贈っている。


届きもしない。。。と思いつつも、、、がんばれーといってしまう。


今年もまた多くのチャレンジが繰り広げられていた。


中でも、凄いと思ったのは、70歳になった徳光和夫さんのチャレンジであり


また、さらに凄いと思ったのは、徳光さんは、途中、睡眠も取っていた。


これには、、、驚いた。


何事も計算して、予定を立てているとはいえ、十分な時間に間に合わせると


同時に、リズムをきちんと取って、時間以内に完走されたこと。


ただただ、凄い。素晴らしい。と思った。


マラソン


それは、、、実はわたくしもちいさいころに、自分自身が自信をつけることが


できた大きな競技であった。


いなかもののわたくしは、大きな音になれていなかった。


田舎から、バスで1時間30分位、片道かけて、小学校に通っていた。


近い学校もあったが、両親の薦めで、街の小学校にいった。


なかなか入りづらいとしても有名な学校であったが、いまでこそ


あたりまえのお受験をして、入った。


しかしながら、ホントに小さかったわたくしは1メートルもなく、体重も13キロ位しか


なかった。とにかく小さい。そして何よりぷよぷよ、筋肉がまったくない状態であった。


ついたあだ名は、先生がつけてくださった「マシュマロ」


御礼にその先生には、「ゴリラ」というあだ名をわたくしがプレゼントし


本当に、その先生のあだ名になってしまった。


実は超がつくほど、あとからみてみると、かっこいい先生であった。


いまさらながらに誤りたいと思う。


その先生がいつもいっていたこと。。。「何でもいいから一番になれ」


いろいろと試してみたが、すべてダメだった。


しかしながら、ひとつだけあった。


それが、「長距離マラソン」であった。


コツコツと毎日毎日、毎日、グランドを小さいわたくしはひとよりも早くきて


はしった。とにかく走った。グラフがあり、そのグラフに赤いちいさなシールを


はるのが楽しくて楽しくて、なぜか、無心にがんばった。


すると、長距離マラソンなんて競技はなかったのに、何も一番になれず


悩んでいたわたくしのために???(恐らく)


長距離マラソンのこうもくを運動会で作ってくれた。


うれしさあまり、どきどきしたが、それこそ、もっている力を出し切って


走り抜けた。。。


一番になれた。


この時、そのゴリラが本当に嬉しそうに、わたくしを抱きかかえて


肩車してくれたことをいまでも覚えている。


最高にうれしかった。


また、頑張れた。


よーいドン!という音に弱く、だめだったわたくしも


長距離なら大丈夫。


いまは、どーんという音が聞こえると、ワクワクする位になった。


マラソン、わたくしの大好きな競技。


勇氣をくれた競技。


最近、仕事と介護で、まったく運動という運動はしなかったが


マラソンしてみようかと思った。


体力をつけて、心身ともに健康になること。


すこしづつ、チャレンジしてみようと思う。


大変だったかと思うが、徳光和夫さんの勇氣とチャレンジに


こころから感謝と尊敬の意を贈りたいと思う。


勇氣をありがとう。


感謝。


Keiko


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